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詩や雑感を記したり、好きなものを紹介します。

コーン  その1

      コーン

 

 

 

 伸びやかに下る銀杏並木を桐爾だけが左に折れた。

  まだ夏の残り香が、半数ほどの生徒が身に着けた夏服の白と、皮膚に浅く刺さった日差しに纏わり、漂っていて、僕らは季節が動いているのを横目に気づいていながら、その痛みがいつまでも新鮮であるかのように錯覚することを望んでいた。

 

 下手くそなリズムが妙なバランスで放課後の空気をポップするのを、隆は〝閉じた青春〟と呼んだ。学内だから、批判もましてや罵声も浴びることなく呑気に演奏でき、とても他人に聴かせられるレベルではないとしても、放課後と言う、一つの役目を終えた気だるい隙間時間にはマッチする。このような容赦を享受することを、体屈と書くんだ、などと言って、彼はうなだれた。

「俺はもっと鮮烈な彩が欲しいんだ。鋭利な岩峰を素手でつかむような緊張感、青春ってそういうもんだろ?」

硬くはない、そして鋭利でもない木と金属パイプでできた椅子の背もたれを抱きかかえたまま、ゆらりゆらりと木馬のように馴らして、こつんこつんと僕の机の前の角に当てながら隆は台詞をくゆらせた。僕の席は教室のスレイブ達における、いわゆる貴賓席だった。何のことも無いがつまりは、窓際で後ろの方だった。それに対して対角線にあった隆の席は、この畜舎の中では最も騒々しいと言えるだろう。教室前部、出入り口の近くだった。席替えの時の恨めしそうな奴隷友達らの目線はほどほどに気持ちよく、僕は教壇から離れた距離だけ別世界に混じりやすくなったこの席で、瑞々しい風を感じながら、真面目に授業を受けていた。

そんなゼンマイ式で回っているような貴重な時間を生きる僕ら軟弱な主人公の憧れとして、桐爾は居た。彼はこの乾ききらないカンバスの中で、ただ独り、大人だった。