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詩や雑感を記したり、好きなものを紹介します。

コーン  その2

 抜けるような青の見渡せる、明るい図書室の薄黄色のテーブルに、低く積まれた本は地理の課題の資料らしい。僕らの住むこの高座町の歴史や風土をA4二枚に画像一つをつけてレポートを作れという課題が、そういえば二週間ほど前にあった。そしてその提出はもう先週終わったはずだったが、桐爾は今、それを黙々とこなしている。真昼の図書室で。たかだか50分の昼休みの間に終わる課題でもないので、午後一の授業はさぼる気だろうか。

「静流、お前、こないだのこのレポート、何書いた?」

「俺か?まぁ、200年前の酒造りとか?てきとーに。」

「そうか。」

「桐爾は何を書くんだ?」

「ん?俺は今考えてるところだ。」

ふと桐爾の良く焼けた手の甲の下のレポート用紙を見やると、そこにはセピアになった団地の写真資料が何枚か重ねられていた。

「それ、団地か?」

「ん、そうだな。風倉町だ。現役のころは升亀酒造で働いてた人なんだけどな、この団地で今は一人で暮らしてる。その様子をレポートしようと思ってな。」

桐爾にとって歴史や風土とは、過去のものではなく、今生きている対象としてとらえられているのだと俺は察した。ここより東に位置するやや山間の風倉町は、ちょっと昔はここらの中心地である高座と随分人の往来があったらしい。今は高齢者の町で孤立気味だ。

「地理の竹田、物わかりのいいおっさんだから、お前のレポート、評価してくれるよ、きっと。」

「そうかもな。」

 

俺は、桐爾のいない午後一の体育を軽めに受けて、校舎に戻った。少し汗ばむ陽気だったので、全力で体育を受けた生徒は半数くらいだったろう。それでも半数もいたのは、今、体育ではバスケットボールをやっているからだ。特に男子は、幾つになってもボール遊びが好きな連中だ。教室に帰ると、窓は開け放たれていて、いつもはややごわごわした白い生地のカーテンが、軽いレースのように棚引いていた。体育上がりのむさ苦しい俺らの教室にはまるで似合わない演出だったが、何かに守られているような心地よさと、決まった時間は教室から〝出ることもできない僕ら〟に自由を与えてくれる、そんな五月の風が吹いていた。そして、六限目も終わるころ、桐爾は教室に戻ってきた。数学の教師はそれに対し一瞥もせず、ただ板書を続けていた。